ふくの豆知識

絵に描くととっても愛嬌のあるふぐですが、皆さんはどれくらいふぐについてご存知でしょうか?
このページでは、ちょっとだけ河豚についてご紹介しましょう。
Q:そもそもふぐってどんな魚?
A:ふぐといえば、すぐにお腹を大きく膨らませた姿を想像すると思います。それでは、何故ふぐは膨らむのでしょうか?
理由は体の構造にあります。ふぐは背びれと尻びれをつかう泳ぎ方のため、早く泳ぐことができません。そこで、体を大きく膨らませ、威嚇して敵から逃げようとするのです。中には、腹部に棘を持つ種類もあります。しかしながら、膨らんでしまうとまったく身動きがとれなくなってしまうので、まさに命を懸けた行為なのです。
ふぐは、胃の一部である特別な膨張のうというところに水を吸い込み、時々水を吹き出して砂の中に棲むエサをあさります。その吸い込む水の量は自分の体重以上にもなります。ふぐのことを英語で「Puffer」、「Blowfish」等と呼び、吹くものという意味です。
そして、ふぐは体を大きく膨らますことができるよう、他の魚に見られるような肋骨をもっていません。そのため内臓を守るために発達したのが、コラーゲンを多く含む固い身だったのです。これが、食したときに他では味わえない歯ごたえの秘密です。
その固いふぐの身は、他の魚のように厚く刺身にすると、とても噛み切ることができないため、芸術のように薄くひいた刺身にするのです。
Q:下関ではふぐのことを「ふく」と言うって聞いたんですが本当ですか?
A:下関など西日本ではふぐが「不遇」に繋がり、ふくが「福」につながるからなど諸説があることから、ふぐの事を濁らずに「ふく」と呼ぶ場合が多いのです。
Q:下関はふぐで有名なのはなぜ?
A:ふぐ専門の全国的にも特異な市場・南風泊(はえどまり)市場の成り立ちは、昭和40年代前半にふぐ漁獲量が飛躍的に増えたふぐを、歴史的由緒とともに地理的優位性に優れる下関・南風泊市場に集散した事に始まる。そこにはふぐの加工技術の発達と、熟練した職人が集積していた為取引として成り立つという経緯がある。
Q:ふぐはいつから食べられるようになったんですか?
A:縄文時代の古代人もふぐを食べていた事が、遺跡からも証明されている。下関では安岡にある潮待貝塚から二千年以上前のものと推定されるふぐの骨が発見されている。
Q:ふぐにはどんな種類があるの?
A:一般にふぐと言うとふぐ科に属したものを言います。 その種類は、世界で約100種類、日本近海でも約40種類となり、その中で食用となるのは数種類です。
味も消費量も一番なのは、トラフグです。次にサバフグやマフグなどが広く用いられてます。 厚生省で食用と認められているフグは22種あります。弊社で使用されているフグを何種類か紹介します。

トラフグは、フグの王様と言われています。 大型のものは体長約70cm、体重は約10kgあります。体には小さなトゲがあるフグです。 食用のフグの中でも最も高級とされている品種です。 肉質は白身でフグ類の中では最も美味で、てっさ(刺身)、てっちり(鍋)、唐揚げなどは絶品です。

シロサバフグは、体長は約25cm。「サバフグ」という品種は、シロサバフグと クロサバフグがあります。 フグ=毒というイメージが多いですが、日本近海でとれるシロサバフグというのは無毒の品種です。 シロサバフグは、唐揚げや鍋にしたら、プリプリで美味しいと言われてます。 お刺身は、食感も弾力があり、ポン酢で美味しく食べられます。

マフグは、体長は約50cm。体には小さなトゲはなく滑らかな表面です。別名ナメラフグとも呼ばれています。 マフグはふく刺し、ちり鍋、唐揚げと、どれをとっても一流の味で、特にオスだけに入っている「白子」は、絶品と言われてます。

ゴマフグは、 体長は約45cm。ゴマのような小さい斑紋が背側全体にあり体は比較的細長い中型種です。背びれ、尾びれは黒で、しりびれは美しいレモン色であることが特徴です。
普通は鍋で食べることが多いものの、加工品にも多く使用されています。福井県・石川県では卵巣を糠漬けにして食べることでも知られています。

いずれも美味ですが、ふぐの調理は各都道府県の許可したフグ調理師が行うことが条例で決められていますので、 ご注意ください。
Q:ふぐの毒って?
A:クサフグなどのフグ毒の成分は主に「テトロドトキシン」といわれ、青酸カリの約1,000倍に匹敵すると言われています。
どんな調理方法(煮たり、焼いたり、塩でもんだり、水でさらしたり)でも毒は消えませんので、決してご自分でさばいたりせず、必ずフグ取扱資格者がいるお店でお召し上がりください。
フグ調理師の免許や資格は各都道府県が個別に定めているため、特段の定めのない限り当該都道府県内のみでしか通用しません。 ですから、山口県のふぐ処理師免許証がなければ、山口県ではふぐは扱えません。
山口県では昭和56年にフグの販売および処理の規制に関する条例が定められ、 ふぐ処理師免許・ふぐ処理施設届出証を揚げたお店の、熟練と知識によって美味しいふぐが食べられるようになりました。
Q:おいしいふぐの食べ方はどんなものがありますか?
A:食用にする種としてトラフグ、マフグなどが有名で、特にトラフグが高級魚として知られています。 一般的に高級料理として旬の冬場に食べられ、食用フグの7割が京阪神地域で消費されており、 特に大阪での消費量は全消費量の6割に達します。もっとも、近年は養殖により季節を問わず食べる事ができる様になりました。
主な調理方法をいくつか紹介します。

・ふぐ刺し(てっさ):ふぐの刺身のことで、てっぽう(ふぐの事)の刺身なので、てっさと言います。 切り身が透けて見えるほどの「薄作り」で身を細く包丁で引いて刺身にして、箸ですくってポン酢で食べる方法が一般的です。 薬味としてもみじおろしなどをポン酢に加え、食べられています。

・ふぐ鍋(ふぐちり、てっちり):ふぐのあら身などを季節の野菜とともに水に昆布でだしをとり炊けた後、ポン酢で食べる、ちり鍋が一般的です。

・雑炊:ふぐ雑炊は雑炊の中では最高のものと言われています。てっちり(鍋)を食べた後のだしに、塩とポン酢で味を整え、食べられています。

・ヒレ酒:ヒレは完全に血抜きをし、天日にて乾燥させます。 ヒレはこんがりとキツネ色に焼いて、超熱燗を注ぎ完成です。上等のヒレ酒は、香りも味も最高です。

・から揚げ:淡白なふぐには油が非常に相性がよく、人気の一品料理です。

・焼きふぐ:ふぐは非常に淡白で繊細な味を持っているので、シンプルに塩焼きもオススメです。

・ふぐ皮(てっぴ):ふぐ、特に皮には、高級たんぱく質であるコラーゲンが沢山含まれています。 しかし、ふぐの皮には無数のとげがあるので、皮引き(さめ皮引き)をしてから食べます。

・白子(ふぐの精巣):白子は季節物でだいたい12月ぐらいから4月ぐらいの間しか捕れません。 生白子、焼き白子、鍋白子が主に食べられています。
Q:ふぐの名前の由来って?
A:語源的には腹を膨らますから、膨れるの意味として「フク」、またそのときの形が瓢(ひょうたん)ににているからという説があります。 ふぐは平安時代にはフク(布久)またはフクベ(布久閉)と言われていました。鎌倉時代や室町時代の頃は、この呼び方をしていたそうです。
「ク」が濁って「グ」になったのは江戸時代からで、ふく、ふぐ、ふくべ、ふくへ、ふくとう、などと呼ばれていました。 これは、いずれも腹をふくらます、ふくるるから由来しています。
ちなみに、ふぐのことを「鉄砲」と呼ぶ事もありますが、この語源は"当たれば必ず命を落とすから"という意味から 呼ばれるようになったそうです。
日本では、漢字で「河豚」と書きますが、「豚」と書くのは膨らんだ体型の事ではなく、フグが身の危険を感じると豚のような鳴き声を出す事から「豚」の文字が当てられています。 そして、中国語でも「河豚」という呼び方を使ってます。「河」と書くのは、古代中国では黄河など河川に生息していたためだと言われています。
Q:ふぐってどんなところにいるの?
A:とらふぐの産卵は、オスは2歳、メスは3歳で成熟し始め、湾口部や海峡など狭くて流れの激しい水深10~50mのやや粗い砂礫(されき:砂と小石)底で3~6月に産卵します。
瀬戸内海や、有明海湾口や関門海峡、伊勢湾口などが産卵場として知られています。 卵は直径1㎜前後の卵で、砂泥、石、岩などに産み付けられ、約10日ほどでふ化します。
トラフグは大きな移動・回遊を行うことも特徴的で、はるばる東シナ海、黄海、渤海から 西日本各地の産卵場へ移動して産卵し、再び戻って行く事が知られています。 また、産まれた仔魚は成長に伴い湾奥、湾口、湾外と生息場所を変えながら沿岸域に留まり、2歳くらいになると東シナ海や黄海方面の外洋へ移動します。
この他にも、フグ類には砂にもぐる習性があります。睡眠や外敵からの逃げる為、環境変化への対応などが考えられていますが、観察例は少なく詳しいことは分かっていません。
Q:ふぐのこぼれ話ってありますか?
A:ふぐにまつわる話や川柳、俳句、小話などは昔から沢山あります。
その中でいくつか紹介したいと思います。

松尾芭蕉
河豚汁や鯛もあるのに無分別
あら何ともなやきのふは過ぎてふくと汁
松尾芭蕉は始めのうちは、ふぐを食べなかったのですが、ふぐの美味さには勝てなかったらしく、 結局食べてしまったそうです。

小林一茶
河豚食わぬ 奴には見せな 不二の山
五十にて 河豚の味を 知る夜かな
農民でもあった小林一茶は、フグの毒を用心して50歳になるまでふぐを食べなかったようです。
ですが、一度食べた途端、フグのおいしさに感動し、フグの歌を残すようになりました。

北大路魯山人
ふぐの美味さというものは実際絶対的なものだ。
ふぐの代用になる美食は私の知る限りこの世にはない。
海にふぐ、山にわらび、この二つ、 じつに日本の最高美食としての好一対であろう。
芸術家や美食家として様々な顔を持っていた 北大路魯山人。その的確に物事を見極める能力はいまもお多くの人々に影響を与えています。 そんな美食家の魯山人をうならせた食材こそが、「フグ」なのです。

伊藤博文 -ふぐ食解禁の立役者-
明治27年、当時の総理大臣だった伊藤博文は、清の全権大使・李鴻章と日清戦争講和会議を下関の春帆楼で開いていました。 しかし、その日は天気が悪く、良い魚を入手できなかったことで、春帆楼の女将は苦肉の策として、当時禁止されていたふぐ料理を作らせ、 「おそるおそる」差し出したそうです。 しかし、伊藤博文はそのフグのおいしさに感動し、豊臣秀吉の時代以来、食べるのを禁止されていたフグを解禁しました。